大判例

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仙台高等裁判所 昭和45年(ネ)72号 判決

控訴人

荒岡孝子

右代理人

金沢茂

被控訴人

日新火災海上保険株式会社

右代理人

宮原守男

右復代理人

西垣道夫

主文

一、原判決を次のとおり変更する。

(一)  被控訴人は控訴人に対し、金二、七八六、三一六円およびこれに対する昭和四四年二月四日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

(二)  控訴人のその余の請求を棄却する。

(三)  前記(一)項に限りかりに執行することができる。

二、訴訟費用は、第一、二審を通じてこれを二〇分し、その一を控訴人の負担、その余を被控訴人の負担とする。

事実《省略》

理由

一、訴外荒岡昭徳と被控訴人との間に、昭和四二年八月自家用普通貨物自動車(青四の五四二二、以下本件自動車という。)につき、保倹期間同年八月四日から翌四三年八月四日までとする自動車損害賠償責任保険契約が締結されていたこと、昭徳が昭和四二年九月七日昼頃自己の長男訴外正直(当二年)を本件自動車の助手席に乗せ、青森県上北郡六ケ所村大字倉内字庄内、庄内農協牧草地前県道を六ケ所村から東北町方面に向つて進行中、正直がドアに近づいたのでこれに注意を与えようとして前方注視を怠つたため、自車が道路左側に斜行しているのに気づかず、その左側前後車輪を道路の左側溝に脱落させ、その衝撃で開いた左ドアから正直を車外に転落させ、同人を自車左車輪で轢き、よつて頸部、胸部圧迫により死亡させたことは、当事者間に争いがなく、〈証拠〉によると、控訴人は昭徳の妻であり、正直は控訴人と昭徳との間の長男であること、そして控訴人と昭徳の両名のみが正直の相続人であることが認められる。

二、控訴人の本件請求は自賠法第一六条に基づく被害者請求と認められるところ、その前提として加害者(昭徳)に自賠法三条に基づく損害賠償義務が発生し、かつ、被害者(正直および控訴人)において損害賠償請求を行使しうるものであることを要するので、以下右要件の存否について検討する。

(一)  原審証人荒岡昭徳の証言によると同人は左官業を営む者であり、左官工事の資材運搬のため本件自動車を購入し、専ら建築現場に行くとき、飯場から飯場に行くときにこれを使用してきたことが認められる。したがって同人は本件事故当時本件自動車の保有者であり、かつ、これを自己のため運行の用に供していたものというべきである。

(二) まず正直が自賠法三条の他人にあたるか否かにつき考えるに、同条にいう「他人」とは、自己のために自動車を運行の用に供する者および当該自動車の運転者、運転補助者を除くそれ以外の者を指すものと解すべきところ、前認定のとおり本件自動車は正直の父たる昭徳が左官業を営むために購入し、所有しているものであること、したがって正直は本件自動車の所有者ではなかつたこと、そして〈証拠〉によれば、本件事故発生当日昭徳が知人を送り届けるため本件自動車を運転するに際し、正直が泣いてせがんだためやむなく同人を同乗させたに過ぎないことが認められるうえに、正直は前認定のように本件事故当時満二才に過ぎなかつたから、運転者もしくは運転補助者であつたとは認められないのはもちろん、他に同人が本件自動車につき運行利益および運行支配を有していたことを肯認するに足りる特段の事情もみあたらない。してみると、正直は自賠法三条にいう他人に該当するものというべきである。

(三)  被控訴人は、控訴人は昭徳とともに本件自動車の保有者として賠償義務を負うものであるからかりに正直の損害賠償請求権を相続により承継するとしても、右債権は控訴人の右債務の負担部分につき混同によつて消滅した旨主張する。そこで控訴人が保有者ないしは運行供用者として賠償義務を負うか否かについて考えるに、前掲〈証拠〉によると、控訴人の夫昭徳は、左官工事の下請を業とし、控訴人も日常夫とともに作業現場に赴き、その補助作業にあたつていたが、右下請業は昭徳の営業であつて、控訴人との共同事業というべきものではなかつたこと、昭徳は、本件事故の約一カ月前に左官工事の資材を運搬するため自己名義で本件自動車(定員三名の小型トラック)を購入し、もつぱら同人において運転していたこと、控訴人は作業現場に赴く際あるいは急用の折昭徳の運転する本件自動車に同乗する程度で、家族でドライブをしたり、控訴人の都合だけで本件自動車を運行の用に供するという常況になかつたことが認められ、他に本件自動車が控訴人自身のみのために、もしくは控訴人を含む家族共同体の共同目的のために主として利用されていたことを認めるに足りる証拠はない。もつとも右証言によると、控訴人は生活費を切りつめて本件自動車の月賦代金やガソリン代の一部を支出したことがあつたことがうかがわれるけれども、右支出は控訴人が独立の立場でもしくは昭徳と共同して負担していたわけではなく、もつぱら昭徳の主宰する経済生活圏(家計)内においてなされていたに過ぎないものと認められる。してみると、控訴人は本件自動車につきその保有者でないのはもちろん、その運行支配をもち、かつ、運行利益を享受していたともいえないから、被控訴人の右主張は失当というべきである。

(四) 次に被控訴人は、正直は保有者である昭徳の子であつて、好意同乗者の極限にある者ゆえ、昭徳は正直に対して損害賠償義務を負わないと主張する。正直が本件において好意同乗者の顕型に属する者であることは前記認定の事実によつて明らかである。

しかし好意同乗者に対して保有者の責任を免除すべき法令上の根拠はない。その責任を軽減しうる程度は具体的事件の内容によつて判断されるべきことと考える。(なお本件が好意同乗の極限に当るとしても保有者の責任が免除されるものとは解しえない。)

(五) 夫婦親子が一個の円満な生活協同体を形成している場合でも一方が他方の権利を侵害した場合には原則として不法行為が成立し、損害賠償義務が発生するものと解すべきであつて、これと異なる被控訴人の所論はすべて採用しえない。

(六) また不法行為による本件請求権の行使を妨げるような特段の事情は本件の場合これを見出しえない。加害者が被害者に対し協力扶助義務を負うからといつて賠償請求権の行使を許さないとすることはできない。(但し扶助義務の履行により補てんされた分についてのみ損害賠償請求権は消滅する。)

(七) なお近親者間の不法行為につき慰藉料請求権についてはこれが発生を否定したり、行使を許さないとする見解があるが、慰藉料の請求と積極的損害又は消極的損害とを別異に解すべき十分な根拠は見出しえない。

三、よつて以下控訴人の請求する逸失利益と慰藉料との数額について判断する。

(一)  正直が死亡当時満二才であつたことは前記のとおりであるところ、第一一回生命表によりその平均余命が65.81年であることは当裁判所に顕著であり、経験則上正直が生存していれば満二〇才から満六〇才までは労働可能と認められる。ところで、第二〇回労働統計年報によると、昭和四二年において二五才から二九才までの全産業における労働者(この年令幅における労働者の収入は全産業労働者の平均収入額をこえることはない。)が受け取る平均現金給与額は一年につき少くとも金五二五、六〇〇円であり、同年における労働者の年間平均支出額は金一九四、四〇〇円であるから、これを差しひくと労働者の年間平均純収入額は金三三一、二〇〇円となる。

そこで右純収入額を基礎として右稼動可能期間中の合計収入額から年毎ホフマン方式により年五分の中間利息を控除すると、その現価(正直が二〇才から六〇才まで毎年得るであろう右収入額を遡つて死亡の時点において一括して得るものとして計算した額。なお控訴人の主張する逸失利益七、一六〇、〇〇〇円は満二〇才の時点における現価に相当している。)は、金三、七七二、六三二円となる。

ところで被控訴人は本件事故は、監督義務者たる昭徳の過失によつて発生したものであるから、その過失は被害者の過失と同視して一〇〇パーセントの過失相殺がなされるべきであると主張する。本件事故が父たる昭徳の過失によつて発生したものであることは当事者間に争いがないけれども、本件のように監督義務者たる昭徳に対して不法行為による損害賠償を請求し、加害者たる父と被害者たる子との権利義務の対立関係を生じている場合には、昭徳の過失は加害者の立場においてのみ問題とされるべきであつて、被害者側の過失と考えることは相当でない。

次に被控訴人は控訴人にも過失があつた旨主張する。ところで控訴人において正直が帰路は助手席に同乗することを予知していたことは控訴人の自認するところであるが、かような場合操縦者であるの外、父母その他の監護義務者が同乗して介添えしなければならないものとは解しがたいし、他に控訴人の過失を認むべき証拠もないので所論は採用できない。

(二)  慰藉料の数額

以上認定の諸事実その他諸般の情状を総合して考えるに

(1)  正直の慰藉料は八〇万円

(2)  控訴人個有のそれは五〇万円が相当と判断する。

(三)  そうすると控訴人が相続によつて取得した分は右(一)と(二)の(1)の合計額の二分の一に当る金二、二八六、三一六円となり、これに(二)の(2)を加えた合計金二、七八六、三一六円が控訴人の賠償請求額の数額である。

したがつて控訴人の本訴請求は右金員およびこれに対する訴状送達の翌日であること記録上明らかな昭和四四年二月四日より支払ずみに至るまで年五分の割合による損害金の支払を求める限度において認容すべくその余は失当として棄却すべきであり、これと結論を異にする原判決は変更を免れない。

よつて民事訴訟法第三八四条第三八六条により原判決を主文第一項(一)(二)のとおり変更することとし、同法第九六条第九二条第一九六条を適用して主文のとおり判決する。

(松本晃平 佐々木泉 伊藤和男)

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